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zoom RSS 止観するという事☆

<<   作成日時 : 2012/05/24 09:35   >>

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止観(しかん)とは仏教の瞑想のことである。サンスクリット語から「奢摩他(サマタ)・毘鉢舎那(ビバシャナ)」と音訳されることもある。

一般的な意味としては「禅」、あるいは坐禅(座って行う瞑想)と同義である。ただし、明確には禅という用語は梵語の音写である禅那(ゼンナ)を縮めたものであり定(じょう)・静慮と訳され、仏教での位置づけと一般での理解とはずれが存在する。

仏教では瞑想を「止」と「観」の二つに大別する。止(サマタ瞑想)とは、心の動揺をとどめて本源の真理に住することである。また観(ヴィパッサナー瞑想)とは、不動の心が智慧のはたらきとなって、事物を真理に即して正しく観察することである。このように、止は禅定に当たり、観は智慧に相当している。「止」だけでなく「観」を重視するところに、仏教の瞑想法の特徴がある。

止観の語は、特に天台宗において多用される。智の『小止観』や『摩訶止観』といった書物は、坐禅の詳細なマニュアルであり、天台宗だけでなく禅宗においても参照される。

wikiペディアより



ちょっと小難しく表現してしまいましたが


私達は過去を思い返して悔んだり、悪い未来を想像しては不安になったりします




止観法とは、今ここに意識を集中させること


今私は歩いている、今私は空を見上げているといった行動そのものに意識を集中させれば、過去や未来への不安から開放されていきます

不安や怒りは、周りから起るものではなく、常に自分の心から生まれます

そのことに気付いて、この世の中のすべてが空、つまり幻想と知ることです☆





たまたま見たブログから抜粋転記させて頂きます


<心をコントロールできる、天台密教の止観法>


 心の中には、様々な、(雑念、邪念、煩悩、想念、思念)など、混入しております。
煩悩は、108あると言われていますから、ほとんどの人は心の中から浮かび上がってくる
雑念や想念に振りまわされています。

 心の中から浮き上がってくるのは、邪念であっても情報ですから、エネルギーの流れです。
自分のエネルギーが自分の心へ長年かけて呼び込んできた情報ですから、自分の想念は、
自分のレベルに同調します。

 過去にダメージがあったマイナスの想念は、まるで浜辺の波のように何度も押し寄せて
きますから、自分が落ち込んでいる時にでも波長が合ってしまうと、以前よりも大きな
ダメージを受けてしまうのです。

 個人差はありますが、過去の苦しい体験を話しながら、感情がこみ上げて泣いてしまう
人もいますが、戦争の体験など恐怖の体験は何十年経っても残ります。

 これらの有害な想念は、自分の周波数もその時のレベルに戻ってしまうので、
ほとんど同じになり、再現してしまいます。

 そして、そのマイナスのエネルギーに溶け込んでしまい、思考も行動も支配されて、
振り回されるのです。

 マイナスの波動の人は、ほとんどがマイナスの情報に反応しますので、その人の心は、
見るもの、聞くもの、何に触れても即座に反応し、心配、不安、恐れ、悩み、恨み、
嫌悪感などの今まで、蓄積された想念が浮き出てくるのです。
 
 特にダメージが大きく、ショックを受けたマイナスの想念は、いつまでも心の中にあり、
折に触れて、津波のように押し寄せてきます。

 テレビを見ても、電車に乗っても、会社にいても、人に会っても、一人でいても、毎日、
様々なマイナスの波に支配され、翻弄されているのです。



そこで、「止観法」という心をコントロールする方法があります。



 いくらマイナスの情報があっても、マイナスの想念が心の中から浮き上がって
こない人もおります。
 マイナスの大きな津波でも、ほんの少しだけ上のレベルにいれば、津波に
巻き込まれることはありません。

 止観の「止」は、その津波を押さえ込むのではなくて、第3者の立場になって、
その想念を、冷静に観察するのです。

 津波にまともに立ち向かうから巻きこまれるのです。
第3者の立場になり、その津波の原因を冷静に分析するのです。

 心の中から、浮き出てくる想念も、第3者の立場になり、自分は、高見から見物する様に、
冷静に観察するのです。
そして、自分が招いたマイナスの想念に反省をするのです。

その想念が、次に来るときは、津波よりも小さい荒波になり、次には、さざ波の様な
穏やかな波になって、消えてなくなります。
 
 絶対許さない!とか、一生恨む!というのは、自分で自分の首を締めることになり、
いつまでも、地獄のような状況から抜け出せないのです。
 



 次に、「観」るということは、さらにイメージを深めて、心で観ることですから、
想うという文字に対応します。これは、右脳の世界です。

 右脳は、左脳よりも10万倍も容量が大きいのですから、大きな心で、対象物の、
あるいは相手の立場になって考えるのです。

 「思う」という文字からさらに深く心を込めて「想う」という文字になるのですが、
想うは、相と心ですから、相手のことを、相手の立場になって、心から、
自分のことの様に想うのです。



 そんなことはできない!と言う人は、まだまだ子供で、心の支配から自由になれない人です。



 そして、津波には、今までその中に巻き込まれて、いつも悲惨な現実になっていたのですが、
大きな心で、「気づきをありがとう!」と津波のようなマイナスの想念でも、
感謝をするのです。 

 これができると大きな心で、物事を観るようになります。大観とか達観とか
言われている心の状態です。

 108つもの浮き上がってくる想念のひとつ、ひとつを冷静に観察して、大きな気持ちで
「気づきをありがとう!」と感謝するのです。

 私達の心もエネルギーの波ですから、振動しています。
収縮と膨張、浮き沈みの繰り返しです。

 止観とは、心を収縮して、一点に集中し、反省し、そして、意識レベルを高めて、
心のエネルギーを膨張させて、大きな心で受け入れ、感謝して、マイナスの想念を、
プラスに変えて行くことなのです。

 この止観法を繰返しているうちに、心は洗われ、意識レベルが高まっていきます。

 
 私たちの心は、常に不安定で、収縮と膨張を繰返しているのですが、
深くイメージすることにより、一点に集中できたり、宇宙大に広げたり
することができるのです。

 現実の社会では、色々な事があると思います。
この方法は、自分の心をコントロールする一つの練習法ですから、ご自分の能力開発の
効率が一層高まるように、練習してみてください。




引用終わり



絶対に108の想念をひとつづつ綺麗に昇華しなきゃいけない


という事はありません(笑)





特に精神世界やスピリチュアル性を重んじていらっしゃる方は



「ネガティブな感情はいけない事だ!」と我慢し、感情を押し殺してませんでしたか?




元々、全ての出来事に意味はなく、
(中庸とか無とか空、ニュートラルとも言われています)

いい・悪いはありません




今まで受けて来た教育や思考パターンから、自分で勝手に意味付けや関連付けし、
いい・悪いと判断しているだけなのです




嘘や隠していた事が表に出てくる時代です。




心の奥底に閉じ込めていた「怒り」「憎しみ」「悲しみ」などの感情も浮き上がって来やすい時期です。






もし、浮き上がって来た感情があれば、それを否定せず




「あの時、誰誰にこう言われ、怒りを感じた事もあったなぁー」

「それも必要だったんだわ」


と客観的に自分の感情を認めていく作業をお試しください




それが、陰陽の統合であり、自分自身の調和に繋がって来ます




サイキックプロテクションを受講された方は


その感情をエネルギーで洗い流す・包み込むイメージをされると癒されてきます



プロテクション講習の内容を少し変更したものをこちらの日記に掲載しておりますので、
気になる方はこちらの日記をご参照くださいませ☆

http://aromoon.at.webry.info/201109/article_5.html




今日もお読み頂きまして、ありがとうございました



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